地下鉄サリン事件から20年

sarin

あの日から20年となります。

あの日、僕は取引先の方と中華料理店で昼食を取りました。

席に着き店内のテレビに目をやると、そこには信じられないような光景が映しだれていました。

絶叫に近い声のリポーター、空撮のヘリの音、消防車や救急車のサイレン、そして、座り込んだり横たわる無数の人々。

食事が運ばれてきても、ずっと画面に見入ってました。

取引先の方がポツっと「怪しい宗教団体の仕業かな」と。

オウム真理教をさして言ったのかどうかはわかりません。

ただ、これだけ大規模な騒ぎを起こせるのは、統率のとれた団体だけが成せる業だという理由のようです。

世間知らずの若輩者だった僕は、なるほどなあ、という思いで聞いていました。

その時点では「サリン」なんてテレビでも誰も言ってなかったように記憶しています。

 

それからの報道はご存知の通り、サリン=松本サリン=教団敷地から残留物、といった流れで強制捜査に至ります。

その後僕はけっこう多くのオウム真理教事件に関する本を読みました。

しかしいつになっても「なぜ事件は起きたのか、起きなければならなかったのか」の核心というか真相というか、疑問が解消されることはありませんでした。

それは20年経つ現在でも、です。

たぶんその疑問はこれから先も解消されることは無いでしょう。

仮に、麻原彰晃が洗いざらいぶちまけたとしても。

勉強ができる優秀まエリートたちがこぞって入信する理由。

そして盲信的、狂信的にのめりこんだ理由。

これらは突き詰めていくと、精神分析、心理分析といった分野の話になってしまいます。

バブルという時代背景も見逃せません。

現在でもオウム真理教の後継であるアレフには多くの若者が入信しています。

バブルとは正反対の不景気にもかかわらず。

バブルにしろ不景気にしろ、先行き不安を感じる若者たちの心の拠り所として、きっかけは軽い気持ちかもしれませんが、強烈なカリスマ性を見出してしまいのめり込んでいくのでしょう。

 

事件後数年ぐらいはオウムと北朝鮮、オウムとロシア、それぞれの繋がりについて言及した関連本がありました。

しかしテレビの特集では、その繋がりに触れることはありません。

最近の特集ではオーストラリアの広大な土地を購入したとありましたが、そのカネは一体どうやって調達されたのか。

何人もの信者が麻原彰晃に付き添ってオーストラリアに行く、あるいは上祐史浩らがロシアに行く、フツーに考えてもばかにできないフライト料金です。

オウム真理教のカネの流れについてもほとんど明らかになっていません。

秋葉原でPCショップを営んでいた、なんて話はカネにまつわるごくごく一部のはずだと思います。

被害者そっちのけでサリン事件首謀者を尊師と崇める団体を、公安はいつまで容認するのでしょうか。

20年経つ今も、実は事件前と何ら変わってない、という感覚に陥ります。


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